制御機器や通信システムの設計において、信号の安定性と外部干渉への耐性を確保するには、適切なケーブル選定が欠かせません。特に電磁的な影響が懸念される場面では、シールド構造を備えたケーブルの有無が製品品質を左右する大きな要因となります。
しかし一口にシールドケーブルと言っても、その構造や性能、適用シーンは多岐にわたり、用途に合わない選定は期待した効果を得られないばかりか、コスト増や施工不良の原因にもなりかねません。
本記事では、シールドケーブルの基礎から代表的な構造ごとの違い、使用環境に応じた選び方、設計上の留意点までを体系的に解説します。設計者が確実に効果を得るための判断材料として活用いただける内容です。
シールドケーブルとは?
シールドケーブルとは、電線の周囲に金属製の遮蔽層(シールド)を設けた構造を持つケーブルのことを指します。電磁的な干渉(EMI)を外部から受けにくくし、また内部の信号が外部に漏れ出すのを防ぐ役割を果たします。特に微弱なアナログ信号や高速なデジタル通信においては、周囲の電源ラインやモーター、無線機器などからの影響を遮断するために重要な構成要素となります。
一般的な構造としては、導体と絶縁体の外側に、編組(メッシュ状)や箔状の金属層が施され、その上からさらに外被が覆う形になります。これにより、信号品質の劣化や誤動作のリスクを低減できます。
ただし、すべての場面で使用すればよいというものではなく、使用環境や対象信号、施工性、コストなど複数の要素を考慮し、適切なタイプを選定する必要があります。シールドの種類や構造の違いによって効果の出方も変わるため、目的に応じた選び方が不可欠です。
シールドが果たす役割
シールド層の主な役割は、電磁的な干渉の遮蔽と制御です。外部からケーブル内に侵入する妨害波を防ぐと同時に、内部で発生する不要成分が外部に漏れ出すのも抑制します。これにより、信号伝送の品質が安定し、誤動作や誤検知のリスクを減らすことができます。
外来ノイズへの耐性(イミュニティ)と、内部からの放射の抑制(エミッション低減)は、両方とも電子機器の信頼性確保において重要な観点です。とくにノイズが多く発生する工場や、通信密度の高い機器同士が近接する環境では、シールドの有無が直接的な製品性能差につながることも珍しくありません。
また、シールド層が存在することで、静電誘導や磁界誘導による信号線への影響も軽減されます。これにより、デジタル回路の誤作動や、アナログ信号の波形歪みなどが抑えられ、測定機器や通信機器など高精度を要求される装置でも安定動作が期待できます。
シールドケーブルは単体で遮蔽効果を発揮しますが、実際には配線設計や発生源対策と組み合わせて総合的に干渉を抑えることが重要です。設計段階からのノイズ対策全体像については、関連記事「配線と発生源から考えるノイズ対策の基本と実践」をご覧ください。
シールド性能を評価する指標
シールドケーブルの性能は、いくつかの定量的な指標によって評価されます。もっとも一般的なのが遮蔽減衰量(Shielding Effectiveness)で、これは外部からの干渉をどれだけ抑制できるかをdB(デシベル)で表したものです。数値が大きいほど遮蔽効果が高く、60dB以上であれば高性能な部類に入ります。
もうひとつ重要なのが伝達インピーダンス(Transfer Impedance)です。これはケーブルに流れる電流が外部に放射される度合いを表し、mΩ/mの単位で評価されます。低いほど、内部信号の外部漏洩が少ないことを示します。
また、差動信号を扱う用途では結合減衰量(Coupling Attenuation)も重要です。これは隣接ケーブルとの間での干渉(クロストーク)を抑える能力を示し、高速通信や精密信号の品質維持に関わる指標となります。
これらの指標は、選定時だけでなく、試作段階やトラブルシューティングの場面でも役立ちます。性能データを正しく読み解き、使用条件に合ったケーブルを選ぶことが、安定した信号伝送の第一歩となります。
シールドケーブルの種類とそれぞれの特徴
シールドケーブルには複数の構造があり、それぞれ遮蔽性能や柔軟性、耐久性などに違いがあります。環境や用途に応じて適切な種類を選ばなければ、期待した効果を得ることはできません。ここでは代表的な構造別に、その特性と適用シーンをわかりやすく整理します。
編組シールド(メッシュ構造)
編組シールドは、導体を囲むように金属線をメッシュ状に編み込んだ構造を持ちます。多くの場合、銅や錫メッキ銅が使用されており、比較的高い遮蔽性能と機械的な耐久性を兼ね備えているのが特徴です。
このタイプのシールドは、柔軟性がありつつも物理的な強度が高いため、頻繁に動かす用途やケーブルが振動・摩擦を受ける環境に適しています。また、シールド層がしっかりと導通しているため、低周波の電磁的影響にも比較的強い傾向があります。
一方で、編み目の隙間が完全な遮蔽を妨げる要因となることがあり、高周波の影響を完全に抑えるには不向きなケースもあります。そのため、用途に応じて箔との併用や二重シールド化を検討する必要があります。
編組シールドは、工業機器・制御装置・音響機器など、信頼性と耐久性が求められる配線環境で広く使われています。
箔(フォイル)シールド
箔シールドは、アルミニウムなどの薄い金属箔を用いた遮蔽構造で、ケーブルの絶縁体の外側にテープ状で巻き付けられています。非常に薄く軽量である一方、遮蔽効果は高く、特に高周波成分の干渉を抑えるのに適しています。
この構造の利点は、隙間がほとんどないため、連続的な遮蔽層を形成できる点にあります。これにより、デジタル信号や通信系の配線など、高周波帯域での使用に効果を発揮します。また、ドレインワイヤ(接地線)と組み合わせることで、施工時の接続処理も比較的容易になります。
ただし、柔軟性や耐久性の面では編組に劣るため、可動部や物理的なストレスがかかる環境には向きません。また、引っ張りや繰り返しの屈曲には弱いため、固定配線向きといえます。
箔シールドは、イーサネットやUSB、HDMIなどの高速通信ケーブルに多く採用されており、軽量・薄型な構造が求められる電子機器にも適しています。
二重シールド・複合シールド構造
より高い遮蔽性能を求める場面では、編組と箔を組み合わせた二重構造が選ばれます。これにより、低周波・高周波の両方に対応可能となり、さまざまな干渉源からの影響を幅広く抑えることができます。
一般的には、内側に箔シールド、外側に編組を配置する構造が採用されており、箔が高周波成分を、編組が低周波および物理的保護を担います。この組み合わせにより、電磁的な遮蔽だけでなく、耐摩耗性や折り曲げへの耐性も高まります。
当然ながら、構造が複雑になる分、ケーブルの外径が太くなり、取り回しやすさが損なわれるケースもあります。また、コスト面や端末処理の手間も増えるため、必要性を見極めた上で選定することが求められます。
複合シールドケーブルは、ノイズレベルが厳しい産業用設備や医療機器、高速データ通信が求められる分野など、高信頼性が必要な場面で活用されています。
同軸ケーブル・差動ペアケーブルはどう使い分ける?
同軸ケーブルと差動ペアケーブルは、シールド構造の役割に加えて、信号の伝送方式そのものが異なります。用途に応じて構造的な特性を活かす必要があります。
同軸ケーブルは、中心導体を絶縁体が取り囲み、その周囲を円筒状のシールド層が覆う構造です。信号とグラウンドの間で一定のインピーダンスが保たれており、高周波の伝送に非常に適しています。RF信号やアンテナ線、映像信号などに多く用いられています。
一方、差動ペアケーブルは、2本の信号線が対になり、互いに逆位相の電圧で信号を送る方式です。これにより、外部からの干渉を相殺することができ、長距離伝送や高速通信でも安定した性能を維持できます。LANケーブルやUSB、RS-485などで多く見られます。
両者ともシールド付きのタイプが存在し、さらに性能を高めることが可能です。用途に応じて、信号の特性・通信速度・環境条件を考慮した上で、適切な形式を選ぶことが重要です。
実環境での使い分けガイド
シールドケーブルを選定する際は、理論だけでなく、実際に使用される環境や運用条件を的確に把握することが不可欠です。たとえ同じ信号種別であっても、周囲の機器構成や干渉源の有無によって、最適な構造は大きく異なります。
たとえば、制御盤や機械装置が密集する工場内では、インバータやモーターが強力な電磁的干渉源となるため、一般的な編組シールドだけでは十分とは言えません。こうした場合には、箔と編組を組み合わせた複合シールドや、さらに外装が強化された高耐性ケーブルの採用が効果的です。特にアナログ信号やセンサ系の配線では、少量の干渉でも誤動作を招くため、遮蔽性能だけでなく施工時の確実な接地も重要になります。
一方で、屋内の比較的静かな通信環境であれば、箔シールド単体でも必要十分な場合があります。LANケーブルやUSBケーブルなどでは、高周波成分への対応が優先されるため、柔軟性と遮蔽性のバランスを取りやすい箔構造が好まれる傾向にあります。
また、ケーブルが繰り返し動作する設備やロボットアーム周辺など、屈曲が頻発する環境では、耐久性の高い編組タイプが有利です。ただし、屈曲性能に優れていても、接地不良や外被の破損があれば十分な効果は得られません。環境によっては可動専用のケーブルや、絶縁層の厚みに配慮された仕様を選ぶ必要があります。
最終的には、対象の信号特性(電圧、周波数、インピーダンス)と運用環境(周囲の干渉源、温湿度、振動、屈曲回数など)を総合的に評価し、無理なく施工できる構造・仕様を選定することが、確実な信頼性確保につながります。
選定時の実務ポイントと設計上の注意点
シールドケーブルを設計に組み込む際には、製品カタログの仕様だけに頼らず、接地方法や配線方法、端末処理の仕方まで含めた「運用設計」が欠かせません。構造がどれだけ優れていても、施工ミスや接続不良があれば、想定した遮蔽性能は得られません。
まず重要なのが「接地」の考え方です。片端接地と両端接地の使い分けは、誤った認識で判断されがちなポイントです。一般的には、低周波環境では片端接地が適し、高周波環境では両端接地が推奨されます。ただし、実際にはループ電流の発生や接地ポテンシャルの違いによって、思わぬ干渉を生む場合もあるため、接地位置の選定は十分な検討が必要です。
次に端末処理です。シールド層とドレインワイヤの処理が不適切だと、せっかくの遮蔽効果が無効化されてしまいます。シールドとコネクタの接続部に導通不良があると、ギャップから漏洩が生じやすくなるため、専用の金属クランプやシールド付きコネクタの活用が有効です。
また、配線ルートも見過ごせません。高電流が流れる動力線とシールドケーブルが並走すると、内部で誘導が発生し、干渉の影響が増幅されるリスクがあります。物理的な距離を取ることや、交差する場合は直角で配置するなどの基本ルールを守ることで、影響を最小限に抑えることができます。
屈曲部や狭所を通す場合には、ケーブルの外径や柔軟性にも配慮が必要です。無理な曲げや圧迫は内部のシールド層に損傷を与え、性能低下や断線の原因になりかねません。
これらの要素を踏まえたうえで、単なる製品選定だけでなく、設計・施工・検査まで一貫した品質管理体制を組み込むことが、長期的なトラブル防止と信頼性向上に直結します。
規格・測定法と性能確認のための検証手順
シールドケーブルの遮蔽性能は、構造や使用条件だけでなく、適切な試験・評価を通じて実数値として確認することが大切です。とくに産業用機器や医療機器、通信機器など、EMC(電磁両立性)が求められる分野では、ケーブル単体での性能も信頼性に大きく影響します。
国際的に用いられる代表的な規格には、IEC 62153-4シリーズがあり、ケーブルの「伝達インピーダンス(Transfer Impedance)」や「結合減衰量(Coupling Attenuation)」などの評価方法が詳細に定められています。これらの値は、外来ノイズへの耐性や隣接回路との干渉抑制能力を示す重要な指標となります。
測定方法には、トリプレックスチューブ法(triaxial test)、トランスバースエミッション法(traverse method)などがあり、専用の同軸冶具や筒型シールドチャンバーを使用して、正確なデータ取得を行います。特に高周波帯域での測定では、ケーブルの長さや曲げ状態、端末処理の方法も性能に影響を与えるため、条件を統一した上で評価する必要があります。
試作段階では、遮蔽効果を簡易的に比較できるフィールド強度測定や近傍界プローブを用いたEMI漏洩チェックも有効です。これにより、設計変更前にケーブル由来のリスクを可視化しやすくなります。
量産品に対しても、ロットごとの抜き取り検査や導通・インピーダンスの確認を行うことで、出荷後の品質クレームやシステムトラブルのリスクを未然に防ぐことができます。規格に準拠した評価は、製品設計における安心材料であると同時に、顧客への信頼性証明としての役割も果たします。
まとめ
シールドケーブルは、電気設計における信号品質と安定性を支える重要な構成要素です。編組・箔・複合といった構造ごとの特性を正しく理解し、使用環境や信号特性に応じて適切に選定・運用することで、干渉によるトラブルを大きく抑えることが可能になります。
また、性能はケーブル単体では完結せず、接地処理や端末処理、配線方法など設計全体の工夫とも密接に関係します。加えて、国際規格や実測データによる性能検証を行うことで、より信頼性の高い製品開発につなげることができます。
本記事では主にシールドケーブルの構造や選び方に焦点を当てましたが、電源設計・スイッチング回路・基板設計など、ノイズを設計段階から抑えるための総合対策についてはこちらのガイドに詳しくまとめています。