製品にとって電磁ノイズは見えない不具合のひとつです。正常な動作をしているように見えても、微弱な干渉が原因で誤動作や通信不良が発生するケースは少なくありません。こうした電磁的な影響を未然に防ぐために行われるのが、EMC(Electromagnetic Compatibility)試験です。

EMC試験は、製品が不要な電磁波を放出していないか、また外部からの電磁干渉に対して正しく耐えられるかを確認する評価プロセスです。にもかかわらず、試験直前になって不合格に気づくケースも多く、設計段階での対策が不足している実態が浮かび上がります。

本記事では、EMC試験の基礎から、設計段階での見直しポイント、不合格の典型例、再試験を避けるための工夫までをわかりやすく解説します。

EMC試験の基礎知識

EMC試験は、製品が他の機器に悪影響を与えず、かつ周囲からの電磁的影響にも耐えられることを確認するための評価です。この試験には放射・伝導など複数の観点があり、それぞれ異なる特性と測定方法が存在します。ここではEMCの基本概念と試験分類の違いについて解説します。

エミッション・イミュニティとは

EMCの評価は大きく分けて「エミッション」と「イミュニティ」の2つの観点から行われます。

エミッションとは、機器が外部に放出する電磁エネルギーを指します。これは周囲の電子機器に干渉を与える原因となるため、各国の規格では上限値が定められており、それを超えると「ノイズ源」として不適合となります。具体的には、高速スイッチング回路やモーター駆動装置などが主な発生源です。

一方のイミュニティは、外部から加わる電磁的な影響に対して、製品がどの程度安定して動作し続けられるかを評価するものです。通信機器や医療機器、産業用制御機器などでは特に重要な項目であり、外部ノイズにより誤作動や信号エラーが発生しないかを検証します。

この2つの視点は、「他に迷惑をかけないか」と「自分が影響を受けないか」という両面を評価するものであり、EMC試験はこれらをバランスよく確認することで、製品の信頼性を裏付ける重要なステップとなります。

放射と伝導の測定方法の違いと用途

EMC試験の具体的な測定方法には、大きく分けて放射と伝導の2種類があります。これは、電磁エネルギーがどの経路で出入りするかによって分類され、それぞれ異なる測定環境と対策が求められます。

放射試験は、機器から空間中に放出される電磁波をアンテナで測定します。測定は電波暗室やセミアンテナ環境で行われ、主に30MHz以上の周波数帯域が対象です。高周波クロックを持つデジタル回路や、無線通信機能を搭載した機器では放射が主な関心事項となります。

一方、伝導試験は、電源ラインや通信ケーブルを通じて機器の内部から外部へ伝わる不要電流を測定します。ラインインピーダンス安定化ネットワーク(LISN)と呼ばれる装置を用い、150kHz~30MHzの範囲を測定するのが一般的です。こちらは主にスイッチング電源やインバータ系機器で問題になりやすい領域です。

放射と伝導は、評価する対象周波数や物理経路が異なるものの、どちらも製品の外部環境への影響を正しく把握するうえで欠かせない項目です。製品仕様に応じて両方の特性を確認することが、EMC対策の第一歩となります。

なぜEMC試験が必要?

EMC試験は、単に製品の品質評価というだけでなく、国内外の市場で販売・使用するための「通行証」とも言える存在です。法的要件として定められているケースも多く、設計者は早い段階からその必要性と義務を正しく理解することが求められます。

国内外の主な規格と適合義務

EMC試験は、各国・各地域で規定された規格に基づいて実施されます。たとえば、欧州ではCEマーキングの取得においてEMC指令(2014/30/EU)への適合が必須であり、販売前にエミッションおよびイミュニティに関する適合評価が求められます。

日本では、VCCI(情報処理装置等電波障害自主規制協議会)が定める技術基準に準拠した民間の制度が普及しており、JIS(日本産業規格)やARIB(電波産業会)規格など、対象機器ごとに準拠すべき基準が存在します。また、医療機器や鉄道機器、産業用制御装置などでは、IEC規格(例:IEC 61000シリーズ)への準拠が国際的な要件となっています。

さらに、FCC(アメリカ連邦通信委員会)、CISPR(国際無線障害特別委員会)など、各地域に対応した基準があり、輸出を前提とした製品開発では、該当地域の要件を事前に精査することが欠かせません。

適合義務を軽視すると、出荷停止や販売拒否といった重大な影響を受けかねません。製品企画の段階から対応規格を明確にし、それに沿った設計・試験を進めることが、トラブルのない開発につながります。

不合格時のコスト・リスク

EMC試験に不合格となった場合、その影響は開発コストだけでなく、納期・信頼性・市場評価など多方面に及びます。設計段階から対策が不十分なまま試験に臨むと、量産直前での不具合発覚により、基板レイアウトや配線設計の見直しが必要になるケースもあります。これに伴う再試作や試験費用の増加は、プロジェクト全体の収益性を損なう原因となります。

さらに、出荷後にEMC起因の不具合が発覚した場合、製品回収やリコール対応に発展することもあり、対応コストだけでなく企業ブランドへの信用毀損という大きなリスクを抱えることになります。特に医療機器や車載機器など、公共性の高い製品では、電磁干渉が安全性に直結するため、社会的責任も問われかねません。

また、輸出先での認証取得に失敗すると、販売ができず契約破棄に至るリスクも現実的です。こうした事態を回避するには、開発初期からEMC要求を意識した設計を行い、段階的な検証と修正を重ねるアプローチが重要です。EMCはコストではなく、製品の信頼性と市場競争力を守る保険として捉えるべき項目です。

試験前に見直すべき設計ポイント

EMC試験で不合格となる原因の多くは、試験直前の対策不足よりも、設計初期段階での見落としにあります。とくに配線、基板、筐体といった物理設計の基本的な工夫が成否を分ける要因になりやすいため、試験前には以下のポイントを改めて確認することが不可欠です。

配線設計とケーブル構造の確認

電磁干渉の多くは、意図せずに形成されたアンテナのような配線経路によって発生します。動力線と信号線が長く並走していたり、折り返し配線が多用されていたりすると、不要な結合や誘導が生じやすくなります。こうした設計ミスは、伝導エミッションの増幅や放射エミッションの起点となりやすいため、早期に見直す必要があります。

ケーブル選定にも注意が必要です。特に高速通信やアナログ信号ラインでは、ツイストペア構造やシールドケーブルの使用が効果的です。ただし、単にシールド付きケーブルを使うだけでは不十分で、接地方法や端末処理が適切に施されていなければ、遮蔽効果は期待できません。

また、外部からのノイズに弱いセンサ信号やアナログ系ラインについては、ノイズ源からの距離を保つ、金属筐体を通じてシールドするなど、経路設計を意識した保護も重要です。配線図だけでなく、筐体内での立体的なケーブル配置も含めて総合的に検討すべきです。

基板レイアウト・部品配置の最適化

基板上のレイアウトは、エミッション対策にもイミュニティ対策にも直結する重要な要素です。たとえば、高速クロックを持つICやスイッチング回路を基板の中心に集め、信号ラインを最短距離で引くことで不要な輻射成分を最小限に抑えることができます。

また、電源ラインとGNDラインを明確に分離し、それぞれのリターンパス(帰路)を意識した設計が求められます。電流が戻る経路が長いと、電磁ループを形成しやすくなり、放射源となってしまいます。特に高速信号は、配線だけでなくGND面の構造によっても影響を受けるため、多層基板ではGNDプレーンを活用し、安定したリターンパスを設けるのが効果的です。

部品配置においても、信号源と受信側の間にフィルタやダンピング抵抗を適切に配置することで、不要な反射や高周波成分の伝播を抑えることができます。さらに、差動信号ラインのペア配線距離やインピーダンス整合も、放射の抑制と信号品質維持の両面で重要です。

筐体・ケースの遮蔽性および開口部・ケーブル取り出し部の処理

筐体(ケース)による遮蔽は、放射エミッションを抑える最終防衛ラインとも言えます。金属製筐体を採用し、内部で発生した不要な電磁波を外部に漏らさない構造とすることが基本ですが、実際には筐体の開口部やケーブルの引き出し部から漏洩が発生しやすくなります。

開口部が大きすぎたり、不要なスリットが多いと、そこから高周波成分が漏れやすくなります。設計段階で不要な開口を極力減らすことはもちろん、必要な部分には導電性ガスケットやEMCメッシュを組み込むことで、遮蔽効果を補強することができます。

ケーブル引き出し部では、シールドケーブルのシールド層と筐体を確実に導通させることが重要です。金属製クランプやEMCグランド端子を用いて、360度接触させることで遮蔽の連続性を保ちます。片端接地か両端接地かの判断は、ノイズ源の周波数帯域や筐体構造に応じて適切に行う必要があります。

さらに、筐体内でのケーブルの取り回しにも注意を払い、信号線と電源線が交差・接触しないように設計することで、遮蔽性能と伝導干渉の両方を抑えることが可能になります。


EMC試験対策は、単に試験用の処置ではなく、設計段階からの一貫したノイズ対策が要となります。
配線設計や回路設計の基本から見直したい方は、関連記事「設計で差がつく!ノイズ対策の基本を解説」もあわせてご覧ください。

通らない原因の典型と対処法

EMC試験で不合格となる原因には一定の傾向があります。特に多いのは、配線や接地、シールド処理といった基本的な設計の甘さからくる「設計由来の漏洩」です。例えば、信号線と動力線が長距離で並走していたり、グラウンドの帰路が不明瞭なまま処理されている場合、予期せぬノイズループが形成され、放射・伝導エミッションの急増を招きます。

また、金属筐体を用いていても、筐体接続部が導通不良だったり、開口部やケーブル取り出し部のシールド処理が不完全なケースも多く見受けられます。こうした隙間は高周波成分の「抜け道」になりやすく、試験会場では明確なピークとして波形に現れます。

イミュニティ試験では、静電気放電(ESD)に対する誤動作や、電源ラインに重畳されるバースト信号に起因するリセット・再起動が典型的です。これらは、プルアップ抵抗や保護素子の不適切な配置、GND層とシャーシ間の不整合など、細かな設計ミスが影響していることも多いです。

対処法としては、EMIプローブや近傍界センサを用いた原因箇所の特定が第一歩です。ノイズ源が回路由来か配線か、あるいは筐体構造にあるのかを切り分け、対策を段階的に講じていくことが重要です。具体的には、フィルタの追加、GND経路の明確化、ケーブルの再配線、端末処理の見直しなどを試験と並行して進めると効果的です。

設計段階での工夫が甘いと、量産直前での手戻りが発生し、大きな損失につながるため、「通らない理由にはパターンがある」と理解した上で設計精度を高めることが、長期的には最も効率的な対策になります。

設計段階で再試験を避けるための工夫

EMC試験での再試験は、時間とコストの浪費だけでなく、開発スケジュール全体の遅延を引き起こすリスクがあります。これを避けるには、設計段階でEMC視点を組み込んだ「予防型アプローチ」が欠かせません。

まず有効なのが、設計レビューにEMCチェック項目を組み込むことです。配線の分離、帰路設計、部品配置、シールド処理など、回路・筐体・配線の各レイヤーで干渉リスクを見える化しておくことで、手戻りの原因となるポイントを早期に検知できます。特に部品選定時には、フィルタ特性や絶縁距離、ESD耐性を考慮し、EMC実績のある部品を優先的に選ぶことも重要です。

次に、プロトタイプ段階での簡易なEMCプレ試験も効果的です。EMIプローブやスペクトラムアナライザを使った近傍界測定を行うことで、正式試験の前に問題の兆候をつかむことができます。簡易遮蔽材やフェライトを使った仮対策も、設計精度を高めるためのフィードバックとして活用できます。

また、シミュレーションツールの活用も再試験回避に有効です。信号伝播やノイズ経路を解析できるEMC向けソフトウェアを用いれば、仮想空間上で問題発生の可能性を事前に把握できます。これにより、実機がなくても設計改善の方向性を検討することができます。

最後に、社内にEMC設計ガイドラインや部品選定基準を整備し、過去の試験結果や不合格例を共有する体制を構築することで、属人的な判断を減らし、組織的にEMC耐性を高めることが可能になります。

再試験を避ける設計は、品質を守り、コストを抑えるための確実な投資です。試験を意識した設計文化を根付かせることこそが、長期的な開発体制の安定につながります。

まとめ

EMC試験は、製品が他の機器に影響を与えず、かつ外部からの電磁的影響にも耐えられることを保証する重要な工程です。不合格の背景には、配線、基板、筐体といった設計レベルでの見落としが多く、試験直前の小手先対策だけでは対応しきれないケースが少なくありません。

本記事では、EMCの基本概念から、試験前に見直すべき設計ポイント、典型的な不合格の原因とその対処法、そして再試験を避けるための実践的な工夫までを紹介しました。

設計段階でEMC要件を意識し、チーム全体で対策を共有・標準化することで、製品の品質と市場競争力の両方を確保することが可能になります。EMCは後付けでなく、設計文化として根付かせるべきテーマです。