製品設計において、ノイズは避けて通れない問題です。特に配線を経由して伝わるノイズは、制御信号の誤動作や通信エラー、さらには誤検知や測定値の乱れといった不具合を引き起こす要因です。近年はインバータやスイッチング電源など高周波成分を含む機器の普及が進み、設計段階でのノイズ対策がこれまで以上に重要とされています。
にもかかわらず、実際の現場では「配線をどうすればノイズに強い設計になるのか」「発生源での対策と配線工夫のどちらを優先すべきか」といった判断に悩むケースが少なくありません。
本記事では、ノイズの基礎と発生原因を整理し、その上で発生源と配線の両面から行える代表的な対策を解説します。あわせて、低コストから高コストまで手法ごとの比較を行い、設計判断の材料となる視点を提示します。
ノイズ対策を設計に取り入れる意味

電気設計における不要信号は、機器の安定動作を脅かす大きな要因です。とくに配線の取り回しに起因する影響は目に見えずとも重大で、後工程でのトラブルへと直結します。設計段階から意識的に抑制策を組み込むことが、品質維持と信頼性確保の近道です。ここでは基礎情報として、ノイズ対策の設計に取り入れる意味を改めて確認します。
ノイズが引き起こす具体的な設計リスク
設計時に電気的干渉を軽視すると、製品は予期せぬ問題に直面します。典型的なのが制御系の誤作動です。外部から配線経路を通じて侵入した雑音がマイコンやセンサの信号に混ざると、制御命令が誤って解釈され、装置が意図しない動きをする恐れがあります。通信機能を備える製品では微小な干渉でもデータの欠落や伝送エラーを招き、システム全体の信頼性を低下させてしまうのです。
さらに、計測器や検出装置では不要成分が測定値に重なり、正しい判定を妨げます。こうした不具合は設計段階では表面化しにくく、試作や量産直前に発覚することが少なくありません。その結果、追加対策や再設計が必要となり、コスト増大や納期遅延につながります。
設計者にとって電磁的影響を抑える工夫は、製品品質を守る必須条件として位置付けるべきです。
要求される品質・規格と社内での信頼性との関係
現代の電子機器は、国際規格や業界標準で定められた電磁両立性(EMC)要件を満たす必要があります。IECやCISPRといった基準では、外部に放出する雑音の上限や、外来の電磁的影響に対する耐性が明確に示されています。
これらに適合できなければ市場投入はできず、量産直前の試験で不合格となれば設計を大幅に見直す事態となります。開発スケジュールやコストに直結するため、設計段階から意識しておくことが不可欠です。
社内の観点でも、抑制策を軽視した製品はクレームや修理対応の増加につながり、部門全体の評価を損ないます。逆に、基準を満たすだけでなく、現場での安定動作を実現する工夫を盛り込むことで、顧客と社内双方から高い信頼を得られます。
設計者は規格準拠と社内品質保証の両立を常に意識し、電気的干渉を見据えた設計思想を持つことが求められます。
ノイズの基礎知識と発生原因の整理
製品設計におけるトラブルの多くは、外部からの電気的干渉や内部回路で生じる不要成分に起因します。現象を正しく理解するには、まず発生する種類や源となる機器、さらに伝搬する経路を整理することが重要です。基礎知識を押さえることで、設計段階から効果的な抑制策を検討できるようになります。
ノイズの種類
電気的な干渉は、大きく二つの経路で広がります。ひとつは電源線や信号線を介して流れ込む伝導型、もうひとつは空間を通じて電磁波として放出される放射型です。伝導型では電源品質の劣化や信号の乱れが生じやすく、放射型は周囲の装置に影響を与え、誤動作を誘発する原因となります。
さらに分類すると、二線間に電流が流れるノーマルモードと、配線全体と大地との間で電位差が生じるコモンモードに分けられます。前者は機器内部の設計で発生しやすく、後者はケーブルの取り回しや接地処理の不備により表面化する傾向があります。
こうした特性を理解しておくと、抑えるべき対象が信号経路なのか外部への放射なのかを見極めやすくなり、適切な対策の選定につながります。
ノイズ発生源となる機器・回路構造
電磁的な影響を生みやすい要素の代表格がスイッチング電源です。高速でオン・オフを繰り返す回路は高周波成分を多く含み、配線や周辺機器へ広がることがあります。インバータも強力な発生源で、モーターを効率よく制御するためにパルス幅変調(PWM)を用いる際、その波形が雑音となって外部へ漏れ出します。
回転体を持つモーター自体もブラシの接触や磁界変動により干渉を生じやすく、制御回路やセンサ信号に悪影響を及ぼします。さらに、リレーやソレノイドといった接点部品は、開閉の瞬間に大きな過渡電流が流れ、思わぬ不要成分を放出することもあるため注意が必要です。
伝搬経路のパターン
電気的な干渉は発生源だけでなく、広がる経路にも注意が必要です。典型的なのが配線で、長さによってアンテナのように働き、外部から不要な成分を拾ったり、自ら放射源となったりします。基板上のパターンも伝搬路になりやすく、帰路設計やグラウンド配置に不備があると影響範囲が拡大します。
コネクタ部は遮蔽が不十分だと雑音の侵入口となり、外部機器へ伝わる危険を高めます。また筐体の設計次第では電磁波が遮断されず、外部へ漏洩する場合もあります。これらの経路を把握しておけば、単に発生源を抑えるだけでなく、伝搬を防ぐ観点からも設計を改善できるようになります。
配線設計におけるノイズ対策の要素

不要信号の影響を抑えるには、配線そのものの工夫が欠かせません。さまざまな要素を総合的に組み合わせることで、干渉を大きく低減できます。ここでは設計段階で意識すべき基本ポイントを整理します。
ケーブル・導線の仕様と材質の選定基準
線材の選定は、配線を通じた不要成分の伝搬を抑える第一歩です。例えば導体の断面積が小さいと抵抗値が高くなり、信号品質の劣化や熱の発生につながります。一方、断面積を大きくすると耐干渉性は向上しますが、取り回しやすさやコストとのバランスが課題になります。
被覆材の特性も重要で、誘電率の低い材質は高周波の影響を受けにくく、長距離配線でも安定した信号を確保できます。
さらに難燃性や耐候性といった安全面の要素も忘れてはなりません。導体と被覆材を適切に選び、設計段階で使用環境や想定する周波数帯に合わせた仕様を決定することで、余計な電磁的影響を最小限に抑えることが可能になります。
ルーティングの工夫と配線の配置法則
線材をどのように配置するかは、不要信号の広がり方に直結します。動力線と制御線を長距離で並走させると、誘導成分が信号に重畳しやすく、思わぬ誤動作を引き起こす要因となります。そのため、高電流を扱う経路と微小信号を扱う経路は極力分離し、やむを得ず交差する場合は直角に配置することが推奨されます。
また、配線は可能な限り短く、ループを避けることで不要なアンテナ効果を減らせます。束ね方も影響し、無秩序にまとめると干渉が増える一方、一定の規則で撚ると相殺効果が得られます。
さらに、基板と筐体の接続部ではアースポイントを意識したルート取りが重要です。こうした基本法則を踏まえてルーティングを行うことで、システム全体の安定性を大幅に高めることができます。
シールド・ツイストペアなど線材構造の活用
特殊な線材構造を活用することも有効です。シールドケーブルは外部からの干渉を遮断し、逆に内部からの放射を抑える働きを持ちます。用途に応じて編組シールドや箔シールドを使い分けることができ、前者は柔軟性が高く、後者は高周波成分の遮蔽に優れていると言えるでしょう。
ツイストペア線は二本の導体を規則的に撚ることで、外部からの影響を互いに打ち消し合い、信号の安定を確保します。この構造は特に差動信号ラインに効果的です。ただし、どちらの方式も完全ではなく、適切な接地処理や終端抵抗との組み合わせが求められます。
コストや施工性を考慮しながら、必要な箇所に限定して採用するのが現実的です。線材構造を正しく選定し、設計意図に沿って配置すれば、配線由来のノイズリスクを大幅に低減できるようになります。
シールド付きケーブルは、構造によって遮蔽性能や施工性が大きく異なります。編組、箔、複合などの違いと用途別の選定方法については、関連記事「用途で選ぶ!シールドケーブルの種類と構造別の使い分け完全ガイド」で詳しく紹介しています。
発生源でのノイズ低減対策と設計の工夫
干渉を最小限に抑えるためには、発生源そのものに手を打つことが不可欠です。ここでは電源ラインやスイッチング回路、さらには基板設計において取り入れるべき工夫を解説します。
電源ラインに施す対策
電源ラインは不要信号の通り道となりやすいため、対策の第一候補になります。もっとも一般的なのはフィルタの挿入です。LCフィルタやπ型フィルタを組み込むことで高周波成分を効率よく減衰させ、安定した電圧供給を実現できます。
さらに平滑化コンデンサを電源近傍に配置すれば、突入電流やリップルを抑え、制御回路への影響を軽減できます。スナバ回路も有効で、スイッチング素子のオン・オフ時に発生する過渡的な電圧や電流を吸収し、電源ラインへの干渉拡大を防ぎます。
これらの手法は比較的低コストで導入可能ですが、容量値や配置位置を誤ると効果が限定的になります。そのため、シミュレーションや実測を繰り返しながら最適化を図ることが重要です。
さらに踏み込んだ電源由来ノイズ対策として、ノイズカットトランスの構造や導入基準を解説したこちらの記事もぜひご覧ください。
高速スイッチング回路・インバータ制御の最適設計
インバータやスイッチング電源は、高速動作によって効率を高められる一方で、強力な電磁的影響を伴います。
対策の基本はスイッチング波形の制御です。立ち上がりや立ち下がりを必要以上に急峻にせず、スルーレートを緩和することで不要成分の発生を抑えられます。また、デッドタイムの最適化や駆動回路の工夫によって、トランジスタやMOSFETの過渡状態を安定させることも効果的です。
さらに、配線インダクタンスを低減するために素子間の距離を最小化し、寄生容量の影響を抑えるレイアウト設計が求められます。制御アルゴリズムの調整も含め、回路設計全体で波形を整えるアプローチが有効です。効率と信頼性を両立させるためには、発熱やスイッチング損失とのバランスも踏まえた総合的な検討が必要になります。
基板設計でのグランド設計と帰路の最適化
基板上の帰路設計は、電磁的干渉を大きく左右する要素です。
グランドは単なる接続面ではなく、信号を安定させるリファレンス面として機能します。広い面積で配置すればインピーダンスを下げられ、不要成分の拡散を抑制できます。ただし、分断やスリットがあると逆に電流経路が複雑になり、思わぬ輻射源になる可能性があります。
アナログ回路とデジタル回路を分ける場合でも、最終的には一点でまとめることでループを防げます。帰路はできるだけ短く、信号線の直下に通す設計が理想です。また、複数層基板ではグランドプレーンを活用し、帰路を広い面で確保すると効果的です。こうした工夫により、基板内での不要信号の循環を抑え、システム全体の安定動作を確保できます。
コスト別!ノイズ対策の手法を比較

抑制策は数多く存在しますが、導入にかかる費用や効果の度合いは大きく異なります。ここでは低コスト・中コスト・高コストの順に代表的な方法を整理し、設計者が選択肢を比較しやすいようにまとめます。
低コスト対策の種類と効果
もっとも取り入れやすいのが、配線ルートの見直しです。動力線と信号線を分離し、交差は直角に、配線はできる限り短くするなど、基本的なルールを徹底するだけでも、干渉の発生を大きく抑えることができます。
続いて有効なのが、簡易なシールド材の利用です。アルミテープや導電性シートなどを局所的に適用すれば、放射成分の遮断に効果を発揮します。さらに、ケーブルに装着するフェライトコアは、高周波成分の減衰に有効で、取り付けも簡単です。
ただし、これらの対策はあくまで初期対応や軽度な干渉向けであり、影響が大きい場合には他の方法と組み合わせて活用することが必要です。
対策方法 | 内容・特徴 | コスト | 適用シーン |
---|---|---|---|
配線ルートの見直し | 動力線と信号線の分離、配線短縮、直角交差など基本対策 | ほぼ不要 | 設計初期・全般 |
簡易シールド | アルミテープや導電性シートで放射源を部分遮蔽 | 非常に低い | 試作・一時的な局所対策 |
フェライトコア | 高周波干渉を吸収、通信線・電源線の末端に装着可能 | 低価格 | 制御系ケーブル全般 |
中コスト対策の種類と効果
中程度の投資で大きな効果が見込めるのが、高性能な配線材やフィルタ類の導入です。ツイストペアやシールド層を備えたケーブルは、外部からの干渉を物理的に遮断します。また、電源ラインや信号ラインに対して適切なフィルタ(LC、コモンモードチョークなど)を挿入することで、伝導成分の侵入を抑制可能です。
さらに、装置全体を囲うシールド筐体を導入することで、外部との放射・受信の双方を制御できます。コストはかかりますが、一定規模以上の機器では安定性向上に直結します。
特に高性能ケーブルを導入する際は、シールド構造の特性を理解しておくことが重要です。シールドケーブルの種類と効果的な使い分けを知っておけば、最適な製品選定がしやすくなります。
対策方法 | 内容・特徴 | コスト | 適用シーン |
---|---|---|---|
高性能ケーブル | シールド付き、ツイスト構造で外部干渉を遮断 | 中価格帯 | 制御盤・通信装置 |
フィルタ配置 | LCフィルタ、チョークで伝導干渉をブロック | 中価格帯 | 電源回路・アナログ回路 |
シールド筐体 | 金属筐体で全体を覆い、放射と受信の両方を遮断 | やや高め | 産業機器・屋外設置機器 |
高コスト対策の種類と効果
高信頼性が求められる装置や、国際規格への準拠が必須な製品では、強力な対策が求められます。ノイズ専用トランスは、電源経由で伝わる干渉を物理的に遮断する手段の一つです。
筐体構造そのものを変更し、シールドを内部・外部で二重化すれば、より高い遮蔽性能が得られます。さらに、EMCボックスで装置ごと完全に隔離する方法もあり、外部からの影響を徹底的に防ぎます。
いずれも高額な投資や設計変更を伴いますが、対策としては非常に効果的で、長期的な安定稼働に寄与します。
対策方法 | 内容・特徴 | コスト | 適用シーン |
---|---|---|---|
ノイズカットトランス | 電源ラインの不要成分をカットし、双方向の干渉を防止 | 高価格 | 医療機器・精密測定装置 |
独立シールド構造 | 二重筐体や内部シールドで遮蔽性能を強化 | 高価格 | EMC基準に準拠する製品 |
EMCボックス | 外部から完全に遮蔽された筐体で装置全体を隔離 | 非常に高額 | 試験装置・重要設備・海外輸出品 |
設計プロセスにノイズ対策を組み込むための実務フロー
干渉の問題は、発生してから対処するのでは遅すぎます。対策は設計の初期段階から組み込むことで、手戻りやコスト増を防ぎ、製品の信頼性を確保できます。ここでは、設計者が日常業務の中で取り入れやすい対策の流れと仕組み化の視点から、実務フローを解説します。
設計前のノイズリスク・発生源マッピング
設計を始める前に、対象となる装置やシステムにおけるリスク箇所を洗い出すことが重要です。特に、干渉の発生源となりやすい機器(スイッチング電源、インバータ、リレーなど)が含まれているかをチェックし、それらが信号系統や外部接続にどう影響を及ぼす可能性があるかを検討します。
加えて、筐体構造や配線経路、基板構成といった物理的条件もあわせて整理し、問題が起きやすいポイントを「見える化」しておくと、以降の設計判断がスムーズになります。
こうしたリスクマッピングを行うことで、対策が後手に回る事態を防ぎ、段階的に必要な抑制策を設計に織り込むことが可能になります。チーム内で共通のチェックリストを使えば、抜け漏れの防止にもつながります。
試作・測定・フィードバックのサイクル
設計段階で想定していた干渉レベルが、実機でどう現れるかを確認するには、試作による検証が不可欠です。まずは主要な信号ラインや電源ラインに対し、近傍電磁界の強度や伝導成分の波形を測定します。使用する測定機器としては、オシロスコープやスペクトラムアナライザ、近傍界プローブなどが代表的です。
測定結果をもとに、影響が見られた経路や構造に対して必要な改善策を講じ、再度評価を行う。こうしたフィードバックループを短期間で回すことが、トラブルを量産前に封じ込める鍵となります。
特にEMC試験の前段階で対策の有効性を確認しておくと、正式試験での不合格リスクを大きく下げられます。試作と測定を設計の一部と捉え、開発スケジュールに組み込むことが理想です。
標準仕様化・ガイドライン策定・設計レビューの導入
一度得られた知見や対策のノウハウを、次の製品にも活かすためには仕組み化が欠かせません。具体的には、配線の分離基準やフィルタ選定の目安、アース処理の推奨構成などを設計標準として文書化し、プロジェクト横断で再利用できる状態にしておくことが望まれます。
また、設計段階でのレビュー制度を整備し、干渉に関するチェック項目を含めた評価を行うことで、属人的な対応を防ぎつつ品質を平準化できます。レビューの際には、EMC対応経験を持つ技術者を交えると判断の精度が上がります。
加えて、全社的な設計ガイドラインに沿って作業する文化が根付けば、新人設計者でも一定水準の対策が取れるようになり、チーム全体の信頼性向上につながります。
EMC試験を意識した設計でトラブルを未然に防ぐには、関連記事「EMC試験を通すには?設計段階で取り組むべき実務」で、試験基礎と実務のポイントを詳しく解説しています。
まとめ
電気的干渉の問題は、発生してから慌てて対処するのではなく、設計初期から計画的に対策を講じることで、はるかに効果的かつ効率的に防ぐことが可能です。本記事では、配線材の選定やルーティングの工夫といった基本設計から、発生源での回路的アプローチ、さらには段階別の対策手法とコストの見極め方までを解説しました。
対策は決して一つではありません。配線の取り回しだけで防げるものもあれば、フィルタやシールド、さらにはEMC構造の導入まで踏み込むべきケースもあります。重要なのは、装置の目的や環境、求められる信頼性に応じて、最適な手段を適切なタイミングで選択することです。
そして、こうした知見を個人の経験にとどめず、社内で標準化・共有していくことが、継続的な品質向上とコスト削減につながります。干渉対策は、設計者一人ひとりの判断と行動により、企業の製品信頼性そのものを左右するテーマです。